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2011.03.15 地震
3月11日14時46分 わたしは惣平に おっぱいをあげていました。

テレビに流れた 地震速報と同時に大きな揺れ
どんどん強くなり 身動きできず 惣平を抱えて じっとしていました
大きな音をたてて 倒れる物 
2分という時間ですが とっても長く感じました
揺れが落ち着いたかと思うと また大きな余震
惣平と2人 恐怖でいっぱいに過ごしていました

しばらくすると 外で子供たちの泣き声が聞こえ わたしも外に出ました
そして 隣の奥さんに 「大丈夫だった?」と声をかけていただき
助かったという安心から 泣いてしまいました

家の中には ガラスの破片や ひっくり返った電子レンジ 倒れた本棚
暗くなる前に ある程度片付け 毛布や懐中電灯を用意
少しでも暖をとれるように 惣平と一緒に 蓄暖のある実家に非難

てるさんは 仕事を切り上げて 雪降る中帰って来ました
怪我もなく帰ってきて無事でよかった
顔をも見てホッとして 言葉も出なく ただただ涙するばかりでした


携帯も繋がりにくい中 家族の安否はなかなか確認できませんでした
お母さんは 2時間かけて職場から帰宅
お父さんは 警察署にて災害の対応に忙しく 夜中に連絡がありました

一番心配だったのは 海沿いの駐在所に住む妹夫婦
携帯のテレビで見る限り 津波がきたということだったので
安否がとても心配でした
携帯もつながらず 連絡取れない中 
妹の旦那、直哉さんから1通のメール
「全部流されたけど 2人で生きています 電池残り少なし」
地震発生から15時間後のメールでした

その後も 連絡はとれずにいましたが
警察無線から連絡があった様子
一般の家に非難させてもらっているけど 孤立状態
ヘリで妊婦である妹だけ救助してもらおうと思ったようですが
妹が 一緒にいたいということで 2人でいるようです
実際に会話はまだできませんが
とりあえず 無事でいることが確認できたので 良かった
家がなくても 2人無事でいてくれた ほんとそれだけで満足です


一方、直哉さんの実家は 壊滅的な被害のあった 若林区の荒浜
直哉さんの お母さんから
「家は流されましたが おばあちゃんと2人無事です 救助ヘリまっています」
とメール
直哉さんお父さんは 我がお父さんと同様 仕事中で無事だったようです
その後 直哉さんお母さんたちは 妹さんの所に非難されたようです



電気は 使えるようになりましたが 水道はまだ使えません
ガスは復旧まで1ヶ月以上かかるということ
暗い中2日間過ごしましたが 電気がつき 明るさが戻り
気持ちもだいぶ 落ち着くことができました
水が出ないので トイレもままならず
惣平も あせもだらけに なってしまいました

食料の買出しに長蛇の列 そして入店するまで2時間以上かかります
買えるものも少なく お菓子やジュースばかり残っているようです
近所には 食べ盛りの子供達も多いです
停電の時には 我が家の発電を利用して 炊飯しておすそ分けしたり
どこのスーパーが開いていて 何が売っているとか
どこの公園が水道使える とか 色んな情報を共有して助け合いました


地震発生から5日が経ちます
まだまだ色んなものが 復旧できない中
周りの赤ちゃん家族は 実家の山形や会津、秋田などに帰省しました
わたしも 米沢に行こうかと何度 思ったことか・・
いまでも 行きたいと思ってみたり
 
いまだ電気もなく真っ暗の中で過ごしている方 救助を待っている方
そして 家族と連絡が付かない方も たくさんいます

でも みんな頑張っています 必死に生きています
何もなくても 生きていてほしい
妹と連絡が取れなくて 切に思いました


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